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インタビュー

心の中がそのまま転写される

『シンシアリー・ユアーズ-親愛なるあなたの大宮エリーより』。2016年5月末から4ヶ月にわたって青森県の十和田市現代美術館で開催された絵画展。これまでに描き溜めた作品を展示した同展の来場者は2万人を超えたそうです。ボーダーレスな活動に拍車がかかってくっきりと浮かび上がった思いは"エール"。いただいた名刺は、ビタミンカラーでした。
TEXT:竹川圭 PHOTO:井関信雄

導かれるように加わった肩書き

“かく”って、自分と向き合う行為だと思う。 (EDiTチームからノートを手渡されて)あ、ここに書けばいいんですね。は〜い。

アートの世界に足を踏み入れて、あらためてそんな思いが強くなりました。

きっかけはパルコ。何かやってみませんかとお声がけいただいて。けれど、何をやったらいいかわからない。まごまごしているうちに東日本大震災が起きた。それからですね。コミュニケーションについての対談、取材が増えたんです。だったら取材でお話ししていることをそのままカタチにしよう、と。切なさや感動など8つの心の揺らぎをインスタレーションや書き下ろしのショートストーリーにしました。題して『思いを伝えるということ』展。

『思いを伝えるということ』展 PHOTO:浅川英郎

そのひとつが立ちはだかるドア、というもの。足元には無数の鍵が落ちていて、来場者はひとつを選ばなければなりません。実はどの鍵でも開くカラクリ。どんな困難も解決する術をみんな持っているんです。

サラリーマンがドアの前で立ち尽くしていました。そこに一人の女子高生が現れて、颯爽と鍵を開けた。サラリーマン、思わず話しかけます。お、ナンパかと観察していたんですが(笑)、彼はこう言った。「このドアがずっと開かなかったら、どうしたらいいんでしょう」って。女子高生の一言がふるっていました。「自分を信じたほうがいいんじゃないっすか」。その言葉に背中を押されたサラリーマンも無事、関門クリア。それを見て、女子高生がまた一言。「よかったっすね」って。

こんなこともありました。ドアを前に泣いている子がいたんです。声をかけたら、その子、アーチェリーの選手で、スランプに苦しんでいたけれど、鍵を差したら的に当たった感覚が思い出せたって。

シラフでは描けません(笑)

絵を描くようになったのは、ギャラリストの小山登美夫さんからお声がけいただいたのがそもそも。「モンブラン国際文化賞の授賞パーティが行われます。ついては個展に並んでいたオブジェを使いたい」とおっしゃられて。ところが、打ち合わせに訪れたら、他に何かできないか、ライブペインティングはどうだってなった。聞いていないよ〜って心では叫んだけれど(笑)、断ったら迷惑かけるなぁ、それは嫌だなぁって思って、じゃ、やりますかと。その足で東急ハンズに行って画材を買い込みました。

とはいえ初めての試みです。シラフじゃできない。以来習慣になってしまって、酒なしでは絵が描けない体に(笑)。

文章は悲しい出来事があったとしても、テクニックがあればなんとかカタチになるんですね。けれど絵は無理。絵って、心のなかがそのまま転写されるというか。

© Ellie Omiya, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

『グッドモーニング』という作品の絵ハガキを部屋に飾ってくれているって女性に出会いました。「いい朝ばかりじゃない。でもたまに最高の1日がある。そんな朝を思って眺めている」と彼女は話してくれたんですが、実はその絵を描いたときの気持ちがまさにそれだったんです。目覚めたら、あきれるくらいのピーカン。なんの予定もない一日。わたしはうれしくなって、朝の7時にアイヴィープレイス(代官山のレストラン)へ行ってパンケーキとオレンジジューズを注文しました。なんて素晴らしい朝なんだろう。この感動を忘れないよう、帰ってそうそう描いた絵が『グッドモーニング』です。

伝えることの難しさと大切さ

『思いを伝えるということ』展なんて個展をやっておいてなんですが、私には表現への欲がありません。常に頭にあるのは、本を手にとってくれた読者やオファーしてくれた担当者に喜んでもらいたいというもの。

料理に似ているかなぁ。ほら、何かつくってって言われれば、何がいいのって聞くでしょ。のど越しがいいものなら、うどん。よくよく聞いたら、ちょっと熱っぽいという。じゃ、あんかけだ、あったまるぜぇって。

ただね、言葉にすることは大切だと身に沁みています。言わないと、そのとき芽生えた感情がなかったことになってしまうから。最近は楽屋にも顔を出しますもん。勇気を振り絞って役者さんに声をかけるために。もちろん、饒舌じゃありません。でもいいんです。よかったよかったと繰り返せば、思いは伝わりますから。

面と向かっていうのはまだまだ慣れませんが、文章にすることは子どものころからやってきました。実家の大掃除をしたら、くるくる巻いたメモがタンスの後ろから出てきました。「お母さんの病気が良くなりますように」とかその時々の思いをしたためていました。

退職された中学の先生に手紙を出したこともあります。新任の先生には少々やんちゃすぎたクラスで、それが辛くて学校を辞めてしまわれた。いいところ、いっぱいあった先生なのに。この気持ちを伝えないでいるのはなんだか居心地が悪くて、それで手紙を書いたんです。わたしは先生のここが好きでしたって、ひとつひとつ。

今でも手紙はちょくちょく書いています。いざというときはやっぱり手で書くに限る。

幸せってなんだっけ?

ずっと幸せってなんだろうって考えていました。なんのために生きるのか。幸せのため? じゃ、幸せってなんなの? 結婚するとか、名を成すとか、そういうことなの? って。

生きる意味は幸せを追い求めることにあると仮に結論づけて、モラトリアムのように大学へ行きました。時間稼ぎですね。答えが見つかるまでの。

答えはある日突然訪れました。

二日酔いを冷ますために早朝、散歩をしていました。恵比寿の歩道橋に差し掛かったとき、5月の爽やかな風がふわりと頬を撫でた。見上げたら、美しい、美しい太陽。あたたかい陽射しを浴びて、思わず、あ、幸せだなぁって。それはわたしにとってはずっと記憶に残る、幸せの感覚をつかんだ瞬間でした。幸せって、こんなありふれたことなんだ。

担当者にお尻をたたかれて文や絵にしているのは、幸せは身近にある、実は本当に些細なものだったりするってことかなぁ。

今の幸せですか。とっておきの入浴剤を溶かした、あったかいお風呂につかって、お気に入りの写真集を眺めること。あとは、朝、全国から集めたコーヒー豆を挽いて、ドリップすること。自転車に乗ること。植木の手入れをすること……たくさんありますよ。小さいことばかりだけど。

ノートに書いていただいた、大宮さんにとっての「書くこと」とは?

もちろん絵コンテは手描き。見せていただいたのは、ポーラのB.A セラム レブアップ発売に向けて公開された動画「じぶん美術館」のコンテ。

Profile

大宮エリー Ellie Omiya
作家/演出家/画家

1975年大阪生まれ。脚本&演出、執筆、絵画制作と縦横無尽に活躍。『思いを伝えるということ』展(パルコミュージアム、仙台メディアテーク他)を皮切りに、2012年からは体験型個展が続々と始動。2016年には青森県十和田市現代美術館にて初の美術館での個展『シンシアリー・ユアーズ』を開催。2017年1月に東京・代官山での展覧会、4月~6月に福井県の金津創作の森美術館での展覧会を予定している。著書に『生きるコント』(文藝春秋)「なんとか生きてますッ』(毎日 新聞出版)、『猫のマルモ』(小学館)、『物語の生まれる場所』(廣済堂出版)、『思いを伝えるということ』(文藝春秋)、『EMOTIONAL JOURNEY』(フォイル)、『見えないものが教えてくれたこと』(毎日新聞出版)がある。

<大宮エリーオフィシャルサイト> http://ellie-office.com/