文具王・高畑正幸さんに聞く「本の話」

「大食い選手権」「魚通」など、その道の達人やマニアたちが真剣勝負を繰り広げ、技術や知識を競い合う番組、『TVチャンピオン』の「文房具通選手権」において1999年、2001年、2005年と3連続優勝を果たし、2008年にはじまった「第1回文具知識能力検定」でも、全国1位に輝いた文具王・高畑正幸さん。現在は雑誌やWEBなど多岐にわたるメディアやイベントにて活躍中で、高畑さんの目利きを信頼している文具好きも多いと言われています。

そんな高畑さん、実は、一時期には「年間300冊の本を読んでいた」という読書家でもあります。

今回は高畑さんに聞いた、「文具ではなく"本の話"」。文具の話をすると熱く止まらなくなる高畑さんは、本についても同様でした。

PHOTO:井関信雄

本好きになったのは大学時代

本を読むことが好きになったのは、大学に入ってからです。中・高時代、しゃべることは好きでしたが、本は面倒くさいと思って読んでいなかったんです。当時のルームシェアメイトが本好きで、毎週紙袋いっぱいに本を買って帰ってくる人でした。一緒に住んでいたから、僕の趣味や嗜好を分かっていて、彼が勧めてくる本はノンフィクションやSFなど、外れなく面白かった。彼は今でもときどき、書名を書いたメールを送ってくれています。

心理学の研究室でデザインに出会う

また僕は大学で機械工学科を専攻していたのですが、授業の後はコーヒー豆を挽く係として(笑)心理学の先生の研究室に入り浸っていました。その先生がいろいろな本を勧めてくれたのですが、なかでも、道具を使う人間の行為について心理学的な分析を行い、ユーザーにとっていいデザインとは何かを問いかける“ユーザー中心のデザイン原理”を説いた、認知心理学者のドナルド・A・ノーマンの『誰のためのデザイン? ―認知科学者のデザイン原論(新曜社)』などが、僕とデザインやインタフェースの考え方との出会いになりました。

こうやって教えてもらった本を核に、同じジャンル、作家などを掘り下げていくことで、読書の世界が広がっていったんです。今でも誰かに勧められたり、ブログで褒めていたりする本は素直に読むことが多いです。本を読んで引き出しを多くつくっておけば、誰かと話をするときの大事なコミュニケーションツールにもなりますから。

デザインや文具開発の考え方や基礎を学ぶために読んだ本

写真左から:『誰のためのデザイン? ―認知科学者のデザイン原論 』 ドナルド・A. ノーマン 著 / 野島 久雄 訳(新曜社)、『ゼムクリップから技術の世界が見える アイデアが形になるまで』ヘンリー・ペトロスキー 著 / 忠平 美幸 訳、『道具論』栄久庵 憲司 著(鹿島出版会)

今読むと面白い、『学問のすすめ』

最近、この歳になって福沢諭吉の『学問のすすめ』を読み返すとすごく面白いと再発見しています。今から140年ほど前に書かれたものですが、「国はこうなるべき」「みんなが平等にフラットに生きるためには学問が必要」と本気で考えている人のしっかりした文章は、本当に面白い。いいこと言うなぁと思ってしまいますね。自分は文具の話をずっとしてきたけれど、福沢諭吉の本の中にも通じるものがありました。それに彼は日本に手帳と複式帳簿、そして大学を持ち込んだ人ですからね。

文具を通して、歴史が好きになった

文具王としては、文具を語る・考える上で、昔の文献に当たることが欠かせなくなっています。文具って、すでにある物に誰かが新しいアイデアを加えながらちょっとずつ進歩するものですよね。“日本でなぜ文具が発達したのか”と考えるとき、そのアイデアや面白さを考えたのは誰なのか、いつごろだったのかを読み解いていくと、やっぱり古い本や歴史を遡ることになるんです。

文具の有名書籍と言われるものは意外と少なく、雑誌に書いてあるうんちくなどは、だいたい出典が分かってしまうくらいなんですが、それ以外にもていねいに探していくと文具が出てくる本はいろいろあるし、当時の使われ方や考え方が見えてきます。それに “この小説のこんなところに、素敵に文具が登場している”なんてことを見つけるとうれしくなります。

ボールペンや万年筆など、今では当たり前にある文房具にも試行錯誤の時代があります。未成熟な時代の人たちの知恵などを本を通して知っていくのが楽しいです。たとえば日本は江戸時代まで筆を使っていたので、文具の歴史は明治以降にはじまり、ここ150年くらいのこと。当時の業界紙などを読むと面白いんですよ。

学生時代、歴史と言えば戦争や条約のことでした。だから、あまり興味を持って歴史の授業に臨んでいなかったんです。でも今は、当時の自分にはなかった“文具”という時間軸、つまり文具で歴史を遡ることで、当時の人や文化、社会情勢などに関しての興味があり、今が一番歴史好きと言えますね。

文房具に関する本なら、歴史や技術に関するものからコレクション、エッセイまで何でも読んでいる

写真左から:『考える鉛筆 』小日向 京 著 (アスペクト)、『古き良きアンティーク文房具の世界: 明治・大正・昭和の文具デザインとその魅力』たいみち 著(誠文堂新光社)、『鉛筆と人間』 ヘンリー・ペトロスキー 著 / 渡辺 潤・ 岡田 朋之 訳晶文社)

数冊を同時進行で

現在はすごく忙しいので、読書量は1ヶ月で数冊になっています。ライトなエッセイやビジネス書などはすぐに読めますが、しっかりした研究や調査に基づくノンフィクションなど読み応えがあるものは、ゆっくり時間を取って、読了まで数ヶ月かけることもあります。本を読む環境にこだわりはないですが、気分のノリはあるので、飽きたらまた他の本を読む、というように読みかけのものや積ん読も多いし、“同時並行で何冊も読んでいる”という感じですね。星新一のショートショートのように一編がすぐに読めるものはトイレに置いています(笑)

最近読んだ本

最近読んだ本では、本が好きすぎて神保町に古本屋を開いた人の『無限の本棚: 手放す時代の蒐集論(とみさわ 昭仁 著 / アスペクト)』が面白かったです。自分も収集家なので、“手放す時代の収集論”として読みました。あとは、興味があることに夢中になりすぎる男の童話みたいな話、『トリツカレ男(いしいしんじ 著 / 新潮社)』もよかったですね。

飛行士だった『星の王子さま』で知られるサン=テグジュペリが、郵便飛行機乗りの尊厳と勇気を描くこの小説は時折読み返している。表紙イラストは宮﨑駿。

『夜間飛行』サン=テグジュペリ 著 / 堀口 大學 訳(新潮社)

若い人には、もっと本を読んでほしい

若い人には、「本を読まなきゃ」と伝えたいですね。それも、エッセイ集やブログ連載の書籍化されたものなどではなく、ひとつのテーマ・内容について100ページ、200ページあるしっかりとした本を読んで欲しいです。

今は活字離れと言われていますが、本を読んでいた時間が、SNSやブログなどに目を通す時間に変わっただけで、文字を見る時間は減っていないと思うんです。でも読んでいるまとまりが小さい。“短くまとめる”ということも大切ですが、“考える力”にとっては、一つひとつの短い文章に反応するのではなく、“その短い文章同士がどういう位置関係になっているか俯瞰する”、つまり長文を読む力も必要です。長文を読む力がないということは、しっかりと物事を考える上で不利だと思います。

“物を考える”という行為は、言葉を使って思考の組み立てをしていますよね。言葉の語彙や言い回しのストックがない人は、話の内容や言い回しが単調でディテールが甘くなる。長文を読んだり書いたりできない人は、全体を通してまとまった説明を論理的に構築していくのが苦手になります。

たとえば私のような仕事では、何かを相手に伝えるとき、あるいは企画を通すためには、それがどんなに素晴らしいか、どんな風に世の中を変えていくのか、説得力ある言葉で語る必要があるんですよ。どんなにデジタルが発達して便利な時代でも、本を読む習慣、まとまった文章を読む力というのは、大切ですね。

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文具王 Bunguo
高畑正幸 Takabatake Masayuki

1974年香川県丸亀市生まれ。テレビ東京の人気番組『TVチャンピオン』全国文房具通選手権に出場し、1999年、2001年、2005年に行われた文房具通選手権に3連続で優勝し「文具王」の座につく。文具メーカーにて10年間の商品企画を経て、マーケティング部に所属。2012年退社後、文具研究サイト『B-LABO(ビーラボ) 』主催をはじめ、さまざまな文具イベント、テレビ出演や雑誌・WEB執筆などで活躍中。また著書に『究極の文房具カタログ(河出書房新社)』などがある。
http://bungu-o.com