フィンレイソン、伝説のデザイナー アイニ・ヴァーリ
黄金時代の思い出とデザインへのこだわり

1820年創業、フィンランド屈指の歴史を持つテキスタイルブランド、フィンレイソン。これまで多くの歴代テキスタイルデザイナーがフィンレイソンと手を組み、数々の新鮮なパターンを生み出してきました。なかでも2016年に85歳を迎えるアイニ・ヴァーリさんは、今なお元気に創作活動を楽しんでいるレジェンド・デザイナーです。 年明けのある冬の日、アイニさんのご自宅を訪れ、フィンレイソンでの仕事時代の思い出やデザインのこだわりなど、たっぷりとお話をうかがってきました。とにかくエネルギッシュで聡明、おしゃべりの大好きなアイニさん。生涯現役デザイナーを貫く彼女は、これまでどんな人生を歩み、どんな思いでデザイン活動を続けてきたのでしょう。2回に分けて、お伝えします。

PHOTO : Unto Rautio  TEXT : こばやしあやな

愛され続ける、アイニ・ヴァーリの作品

アイニさんが生んだ名作パターンといえば、2016年版のEDiT、1日1ページ手帳のカバーとなったデザイン、『TAIMI(タイミ)』と『CORONNA(コロナ)』。今日でも決して色褪せることなく、私たちの暮らしを彩ってくれるこれらのパターンは、なんとそれぞれ、アイニさんが1958年と1961年にフィンレイソンへ提供した作品。いかに彼女のパターンが時を越えて世界で愛されているか、そしてまた、いかに彼女がフィンレイソンの歴史の生き証人であるかが、お分かりでしょう。

戦争が終わり、誰もが何にでもなれた時代

1931年にアイニさんが生まれたのは、実は今ではロシア領となってしまった旧東フィンランド・カレリア地方の小さな街。第二次世界大戦と同時に激化した、ソ連によるフィンランド領侵攻で故郷を追われたアイニさん一家は、1939年にフィンランドの首都圏へと越してきたそうです。そしてアイニさんが無事に成人を迎えた頃と言えば、長かった戦争が終結し、ちょうどフィンランド国家が復興と経済成長に躍起になっていた時期。「就職活動も、今とは全然ちがったのよ。あの当時は何もかもが開かれていて、十分な専門教育を受けていなくても、誰もが何にだってなれた時代だったわ」。

1951年に見習いデザイナーとしてフィンレイソンのデザインスタジオに就職を果たしたアイニさんは、仕事の合間に通信制課程を利用して(といっても当時は通信手段もなく、自宅学習や製作の成果を直接先生に見せに行くという方法)専門技術の単位を所得しながら、デザイナーとしての技術を現場で磨きはじめました。

60年代はクリエイティビティの黄金期

とはいえ、1950年代の職場環境というのは、今日当たり前となった男女平等の価値観もまだまだ一般的ではなく、クリエイティブな作業を行う現場とはいえ、管理職の男性の指示に従って自分の任務だけに従事する労働者という意識も強かったのだとか。ところが、1960年代ごろから社会の意識も少しずつ変わり始めます。さらにデザインスタジオでも、パターンデザイナー、色づくりやプリンティングの技術者など、これまで個々に自分の役目だけに没頭していたスタッフ同士の共同作業意識が強くなって、意見交換を積極的に行ない、お互いのフィールドの知識についても学びながら、皆で“よりよいモノづくりをしていこう”、という気概が強まっていったのだそう。

アイニさんは、「だから1960年代は、いろんな意味において黄金期だったと思うの。実際に生まれた作品を見ても、60年代のものはどれも色が輝いていて、でも柔らかさもあって素晴らしいわ」と、楽しげに振り返ります。そうしてテキスタイルデザインの真のやりがいに目覚めたアイニさんは、その後1974年まで、フィンレイソンのデザインスタジオで専属デザイナーとして活躍。退職後はフリーランスのデザイナーとして、国内外のさまざまなテキスタイルブランドへと作品を提供し続けました。

時代を超えて、誰もがなじめるモチーフ「花」

60年代への思い入れの強いアイニさんが、定番のクラシックパターン以外で自身のお気に入りの作品として挙げるのが、2000年にフィンレイソンから発表した『ONNELA(オンネラ)』というデザインです。「理想郷」の名を冠するこの作品のモチーフとなっているのは、アイニさんが毎年夏に自宅の庭先で育てるという、牡丹をはじめとした花たち。

『TAIMI(タイミ)』にもエレガントに描かれているモチーフ、“花”は、「デザインには、時代や場所を越えて誰にとってもなじみのあるモチーフやエピソードをこめることが大事」と語るアイニさんが生涯最も大切にしているモチーフ。日ごろから身近な花のスケッチを熱心に行ない、寝室には自身で描いた大きな花束の絵画も飾っています。

一方、『ONNELA(オンネラ)』に咲き乱れる夏の草花は、アイニさんが得意とする幾何学的で整然としたパターンとはやや相異なる、独特の色鮮やかさと自由なタッチで描かれていて、どこかレトロな感じを受けると同時に、見る人にポジティブな意欲をくれる斬新な作品。これは、「あえて2000年に、自身にとってのクリエイティビティの象徴であった60年代を回顧し、意識して描いたからなの」と、アイニさんはおっしゃっていました。

デザインにはいつでも“リズム”が必要

ところで、“誰もにとって親しみやすいモチーフ”、というポイントと並んでもうひとつ、ご自身のデザイン作業について語るアイニさんの口から何度も聞かれたキーワードが、“リズム”でした。「デザインにはね、いつでも“リズム”が必要なの。『CORONNA(コロナ)』は、20世紀を代表するフィンランドの世界的な建築家、デザイナーのアルヴァ・アールトがかつてデザインした『SIENA(シエナ)』というパターン作品のように、幾何学美を追求したパターンに見えるかもしれないけれど、私にとって、これは楽譜のイメージなのよ」。

そう言って、『CORONNA(コロナ)』の生地の上でピアノを弾くように手を動かしながら、豊かなリズムを口ずさみはじめるアイニさん。なるほど、それを聞いて改めてパターンをじっくり見ると、布の中から躍動的な音楽が聞こえてきそうな気がします。

写真左・右上 : 花を描くのが大好きなアイニさん愛用の絵の道具
写真右下 : 1970年にフィンレイソンの150周年を記念してつくられたメダルと、アイニさんが自宅の庭で育てている花の観察写真。『ONNELA』などに描かれた花の一部は、この花々がモチーフになっているそう

写真 : 毎年、アイニさん自身が描かれているというクリスマスカードの原画たち

温かみのあるデザイン、『TAIMI(タイミ)』のカバー

フィンレイソンの定番人気柄の中から『TAIMI(タイミ)』、『ELEFANTTI(エレファンティ)』の柄を使ったEDiT 1日1ページ手帳のカバー。
フィンランド語で「小さな植物」という意味を持つ『TAIMI』は、アイニさんの1961年の作品です。
この花々も、アイニさんのお庭に咲いていた花かも? そんな想像をしながら手にするカバーには、温かさが伝わってきます。

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