戻る
  • TOP
  • EDiT
  • 読みもの
  • 自分の手を伝って生まれてくるものが、 結局はいちばん説得力を持っている。
インタビュー

自分の手を伝って生まれてくるものが、
結局はいちばん説得力を持っている。

インテリアデザイナーとして主にインテリアの設計を手がけるかたわら、飲食店の経営にも携わる鈴木一史さん。まるで異なった業界を自然にリンクさせながら、人と仕事をつないでいく独自のワーキングスタイルが魅力的だ。2015年春、代官山にオープンさせたばかりのカフェ「Bird」で、そのクリエイテビティの源について聞いてみた。
PHOTO:沼田学 TEXT:宗像幸彦

建築は引き算、飲食業は足し算。
どちらも自分には必要な要素。

生まれも育ちも湘南という鈴木さん。大学で建築学を学んだ後はいくつかのインテリアのデザイン事務所や施工会社を経て、2010年、30歳を機に独立。 デザイナーとして一層のキャリアアップをはかるかと思いきや、始めたのはなんと飲食業だった。本業のかたわら、東京・世田谷区の松陰神社前駅にカフェレストラン「STUDY」をオープンさせたのだ。 さして縁のない土地で、異業種へのチャレンジ。それでも本人の中ではごく自然な流れだったという。

「昔から、こうなりたい!みたいなのが全然ないタイプなんですけど、いわゆるインテリアデザイン事務所としてやっていくことにあまり興味がなくて。 こういう建築方面の仕事って、最初に全体のコストが決まっていて、それに対していくら残るかっていう引き算のビジネス。対して飲食業は日々の積み重ねでお客さんを増やしていく、足し算じゃないですか。どちらも自分には必要な要素だったし、せっかくならデザインからその後の運営までやってみたいという気持ち が強かったので、いろんなところに声をかけて資金を調達して、STUDYをオープンさせたんです。おしゃれなカフェというより、子どもやお年寄りまで気軽に寄ってもらえるような町のレストランみたいな感じをイメージしてデザインしました。松陰神社前を選んだのは、ここを走っている世田谷線の風景が、子供の 頃から馴染みがある江ノ電の沿線に似ていたからかな。それぐらいの理由で、最初は本当に縁もゆかりもない土地だったんです。ただ、いざ始めてみると、そん なにアマくなかったですね。昔から地元の方々で成り立っている下町の商店街に馴染んでいくのも時間がかかったし。何より、僕自身があまりサービス業には向 かない人間なので(笑)」

人と人のつながりから仕事が生まれる。
代官山『Bird』はまさにその産物。

現在、鈴木さんはインテリアデザイナーとしての仕事も請け負っているが、その仕事のスタイルは独特だ。まずホームページなどを設けておらず、大々的に顧客を募ることはしない。受注するのはほとんど親しい仲間や、友人のつながりから知り合った人のみ。通常、まったくの新規案件の場合は施主と業者側で入念なヒアリングや話し合いを行いながら、互いのコンセンサスを図っていくが、鈴木さんの場合はあらかじめ発注者の人柄や嗜好を把握しているため、誤解やす れ違いが生じる恐れがない。さらに、デザインのみならず、現場で実作業までこなしてアイデアを形にしていく。独立前の社員時代、いろんな現場を見てきた経験を踏まえ、「本当に納得できる仕事だけをしたい」という思いから今のスタイルに行き着いた。今回訪れた代官山の「Bird」も、まさに人と人とのつなが りによって生まれたという。

「松陰神社前で『STUDY』を始めたきっかけで知り合った仲間の一人が不動産関連の仕事をしていて、代官山でクリエイターと子供が利用するために リノベーションしたビルが今度できるから、お店やってみないかって声かけられて『Bird』をオープンしました。『Bird』ではサンドイッチをメインに 出しているんですけど、サンドイッチって他の料理と違って挟む行為そのものを指すんですよね。いってみれば中身の具はなんでもいいというか、無限の組み合 わせを生み出すことができるわけでしょ。それってクリエイティブにもつながるなぁと思って。もちろん、子供たちも楽しんで欲しいから安全な食材を選んでい るし、なるべく旬の野菜や果物を提供するようにしています。365日、24時間食べたい物が手に入る時代に、あえてこだわってみるのもおもしろいかなと。 代官山は小さなお子さんのいるファミリーも結構多いし、意外と子どもに優しい街なんですよ」

街の風景はインスピレーションの宝庫。
必要な部分だけ切り取って脳内にインプット。

インテリアデザイナーとして、そしてショップオーナーとしてせわしなく動き回る毎日。そんな中、鈴木さんはどうやってアイデアを生み出し、形にして いるのだろうか。父親が建築家で、母親が画家という環境下で育ったこともあってか、幼少期から現在に至るまで「書くことは日常習慣のひとつ」だそうだが、プロとして常に心がけているのは「人にどう伝えるか」ということだ。

「インスピレーションは、街を歩いていて何気ない風景から発想を得たり。それも、単に記憶するというより、頭の中のフレームで必要な部分を切り取っ て覚えることが多いですね。建物の形とか、その周りの風景とかをかなり明確にインプットしています。反対に人の顔だけはなかなか覚えられないんですが (笑)。特に情報のノイズが異常に多い東京から地方へ行くと自分の中の余分なものがそぎ落とされて、思考がブラッシュアップされていくのが自分でも分かり ます」

パソコンで描いた正確な図面より、
フリーハンドの方が伝わりやすい。

インテリアデザイナーとして仕事をするときは、まずは現場となる空間に身を置いてじっくり思考を巡らせた上でノートに図面を起こしていく。もうその 時点で骨子は出来上がっていることがほとんど。書きながら試行錯誤することはめったにないそうだ。ただ、独特なのがその後。鈴木さんの場合、いったんパソ コンで正確な設計図を作った後、またアナログへ描き戻すのだという。

「最初にノートに描いた図面をパソコンでCADのソフトを使って設計図を清書していくんですが、それをもう一度ノートに描き起こすんです。なぜそん なにめんどくさいことをするかっていうと、現場で職人さんとやりとりするときはCADで描いた図面だとどうしてものっぺりとした図に見えちゃって、こちら の意図が伝わらないことが多いから。その点、ノートにフリーハンドで描いたものって、線を太く描いたりとか、スケール感を無視して強調したい部分を好きな ように描けて、相手にもツボを分かってもらえやすい。自分の手を伝って生まれてくるものが、結局はいちばん説得力を持っているということでしょうね。最終 的には僕自身も現場の一員となって、微調整を加えながら仕上げていきます。だからデジタルツールを使って正確に描くのと、人に伝えるために描くのは、自分 の中では全然違う行為になってますね。ひと現場終わると手書きのノートが山のようにたまってます」

鈴木さんが普段使っているノートを見せてもらうと、キーワードや図面がぎっしり。「後から見ても、何について描いたのか自分でもほとんど覚えていな い」というくらい、日々のひらめきを自由に描きとめているのが分かる。そんな鈴木さんにとって「アイデアノート・エディット」はどう映ったのだろうか。

「まずガイドラインがありがたいですね。なるべく整理して描きたいときには絶対に不可欠なので。普段はアイデアノート・エディットよりひとまわり大 きいA4サイズのノートを使っているんですけど、どうしても描いた図面にいろんな要素を付け足していきたくなっちゃう。そういうときに、ふせんを使ってみ るのもアリかなって。ふせんって、使いたいなって思ったときになぜか手元にないもので(笑)」

Profile

鈴木一史 Suzuki Kazufumi
インテリアデザイナー、ショップオーナー

1979年、神奈川県生まれ。設計事務所、施工会社の勤務を経て2010年独立。同年、東京・世田谷区の松陰神社前に「STUDY」をオープン。そ の他、松陰神社前の古本屋「nostos book」や菓子店「MERCI BAKE」、鎌倉の「POMPON CAKES BLVD.」の内装デザインを手がける2015年3月には、「STUDY」の姉妹店として東京・代官山に「Bird」をオープンした。