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インタビュー

創造のヒントは現代アートから。
アーティストの意図は誤解しても構わない。

2002年の設立以来、インテリア設計事務所「トネリコ」の創業メンバーとして日々、さまざまな物件の空間デザインに取り組む米谷ひろしさん。2008年からは多摩美術大学の准教授として教鞭をとっている。流行廃りが激しいインテリアデザインの業界において、米谷さんはいかにして斬新なアイデアを生み出し続けているのだろうか。東京・渋谷区のキャットストリートに面した見晴らしのよいオフィスで、創造のヒントを聞いた。
PHOTO:沼田学 TEXT:宗像幸彦

創業者の“3兄弟”同士は
あうんの呼吸でコミュニケーション

「マークススタイルトーキョー」「LOFT渋谷店、立川店、八王子店」といった商業施設をはじめ、オフィスや学校、住宅など、2002年の設立以来、設計事務所「トネリコ」は実にさまざまな物件のインテリアを手がけてきた。そればかりでなく、国内外のデザイン展でも数々の賞を受賞し、その存在は海 外にも知られるほどに。創業メンバーは3人。米谷ひろしさん、大学時代の後輩でもあり前職場「スタジオ80」でも同僚だった君塚賢さん、そしてフリーの コーディネイターとして活動していた増子由美さん。当初は「最初の3年で結果を出すこと」を目標に会社を立ち上げたそうだが、現在はスタッフも増え、3人それぞれの役割を最大限に活かしながら仕事にあたっている。

「トネリコという社名は、好きな木材の名前。粘りがあって、しなりもあるんだけど、比較的軽い。そういうチームワークでやっていければと思ってつけ ました。君塚とは付き合いも長いですし、あうんの呼吸みたいな感じになっています。一応僕が先輩でもあるので(笑)、悩んだときは僕が決める。反対に僕が 悩んだときは、君塚が『じゃあこうしましょうよ』と舵を取ることだってありますし。増子と僕は夫婦でもありますが、彼女は装飾品とか小物のスペシャリスト なので、完全に役割は分担しています。でも、よく言われるんですよ。兄弟がいて、その上に姉がいるみたいだって(笑)。最近は最初から最後までわれわれ3 人が一丸となって1つの案件をこなすようなことはほとんどなくなりましたが、これまでと明らかに毛色が違う案件とか、社会的に責任感が伴ったりするような 仕事の場合は3人でテーブルについて膝つき合わせて話します。年に1、2度くらいはそういう機会がありますね」

数字的な「機能」よりも、
イメージを伝える「コンセプト」を

ここでデザイン事務所の仕事の流れを。まずクライアントから発注を受けたら物件を直に確認をしつつ、まっさらの状態の図面にゾーニングを行う。商業 施設なら、キャッシャーは何台で、什器はどれくらい必要か。バックヤードの位置や、スタッフ、お客さんの動線はどうなっているのか。そうした大まかな空間 の配置について双方である程度のコンセンサスが取れれば、詳細な平面図やCGを作成し、改めてプレゼンテーション。クライアント側の了承が得られ次第、施 工会社に見積もりを取った上で、現場の実作業が始まるという段取りだ。こうして書くとかなりシンプルに見えるかもしれないが、一つとして似た案件がないの がこの仕事の難しさ。とりわけ、デザイナーとして真骨頂でもある“コンセプト”の提案に関しては毎回頭を悩ませながら形にしていく。

「1つの物件をデザインするにあたっては、大きく分けると『機能』と『コンセプト』があるわけです。どこに何メートルのラックをおくとか、そういっ た具体的な数字が絡んでくる機能面はそこまで苦労はしないのですが、我々に求められているのはむしろコンセプトワークの方。たとえば『緑』というイメージ を求められたときにどうするのか。選択肢はそれこそ無限にあるわけで、そこからいちばんの答えを見つけ出さなければならない。ちなみに、表参道ヒルズにあ るマークススタイル・トーキョーさんのインテリアは、コンセプトと機能面が表裏一体になっている例ですね。店内に、柱を1メートルピッチで林立させていく という建築的な方法論を採ることで、まず自由に棚が作れるという機能面を充実させたと。同時に、規則的に並んだ柱自体で、ミニマムでコンテンポラリーな空 気感を演出しています」

トネリコが手がけた空間はスタイリッシュながら、人の体温や息づかいがきちんと伝わってくるような、絶妙なバランスの上に成り立っている。そんな空間を常に生み出している米谷さんはいったい何から刺激や着想を得ているのだろうか。

「現代アートですね。それも空間系立体系の。実際にインスタレーションを見に行ったりもするんですが、自分なりに取り込めるのであれば、アーティストの意 図を正しく汲み取らず、どんどん誤解しちゃってもいいかなって思っています。お気に入りの作品を特に何かひとつ挙げろと言われれば、まぁ作品というか場所 ですけども、瀬戸内海の直島。人生観が変わるくらいの刺激を受けました。日常生活でアイデアがフッと浮かぶときもありますよ。場所は、自宅のお風呂が多い かなぁ(笑)。あと、事務所で煮詰まってるときはベランダで一服するんですが、そういうときはタイミングよく君塚も一緒にベランダ出てくるんですよ。そこ で2、3分ボーッと話してると、あーそっか、そういうことか!って一気にモヤっとしたアイデアに輪郭が出てくることがありますね」

図面の周りにTO DOをふせんで貼っていき、
解決するごとにどんどん捨てていく。

プロジェクトの規模にかかわらず、インテリアデザインの仕事は常にチームプレイ。思いついたアイデアをいかに形にし、スタッフ間でシェアしていくかが仕事 を効率的に進めていくカギとなる。コンセプトワークを大事にしている米谷さんの場合は、まず頭に浮かんだイメージを言葉にし、紙に書くことで他のスタッフ へ伝えることが多い。では、アイデアノート・エディットを使うとすれば?

「まずノートの中央に図面を描く。すると、それにまつわるいろんな状況とか確認事項が出てきますよね。この部分は要検討とか、いつまでに決定するとか。そ ういったいろんなTO DOをふせんに書いて、図面の周りに貼っていく。で解決したらどんどん捨てていけばいい。担当者によって色分けすれば、シェアするときにも分かりやすいで しょうし。ただ、アイデアノート・エディットに付いているふせんは、ノート内だけに限らず、どんどん外へ持ち出しちゃえそうな気もしますね。僕自身は普段 からちょっとしたスケッチやアイデアをふせんにちょこちょこっと描いて、なんとなくデスク脇の目に付く場所に貼ってみることがあるんです。すると、しばら く時間を置いて見たとき、ふせんに描いた内容が妙に新鮮に見えてきたりして、一種のリトマス試験紙的な役割を果たすこともある」

最後に、これからプロのデザイナーを志す人に向けたアドバイスをお願いすると、実に明快な答えが返ってきた。

「学生たちにはいつもスケッチ癖をつけろ、と言っています。実は自分自身が若い頃はスケッチ無精で、“清書スケッチ”ばっかりしていた。良い案だけで、ダメな案はあまり描かなかったんです。でも、若いうちはダメなものも全部描いた方がいい。そうすると、いちばんいいと思って最初に描いたものより、これはさすがにナシだろって思っていたものが突然良く見えることがある。自分で自分の可能性を狭めるな!っていうことですね」

Profile

米谷ひろし Yoneya Hiroshi

デザイナー。1968年、大阪府生まれ。1992年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。卒業後はスタジオ80に在籍し、内田繁氏に師事。2002年 に君塚賢、増子由美とトネリコを設立。以来、国内外のデザイン展に出展し、さまざまな賞を受賞。現在、本業のかたわら、多摩美術大学で准教授として後進の 指導にあたっている。