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インタビュー

ひとつの空間で働く2人のグラフィックデザイナー
まるで真逆なアイデア用ノートの使い方とは?

思わず手にとってしまう本、1人くつろぐ特別な時間に読みたい雑誌というのがある。それはもちろんコンテンツに興味があるから。でも、それだけではないはず。装丁が読者を魅了し、端正なレイアウトが心地よい読感をもたらすからではないだろうか。つまり、そこに、美しいデザインがあるからだ。書籍や雑誌などを手がけるデザイン会社・SOUP DESIGNにて活躍する渡辺和音さん、児島彩さんは、そんなグラフィックデザインの担い手だ。同じ空間で仕事をする2人だが、それぞれが使うEDiTアイデア用ノートは、アイデアをカタチにするプロセスがいかに多様であるかを教えてくれるものだった。
PHOTO:井関信雄 TEXT:永岡綾

変化しつづける、デザイナーの視点

渡辺さんがグラフィックデザインの仕事に関心を持ったのは、高校生の頃に見たCMや展覧会がきっかけだという。

「こういうものを生み出す人になりたいと思うようになり、デザインの専門学校へと進みました」

在学中は、授業そのものよりも課外での活動がおもしろく、友人とのグループ展などで作品を発表していたそう。卒業後、書籍の装丁を中心としたデザイン事務所を経て、2010年、SOUP DESIGNに加わった。

現在手がけている仕事のひとつに、雑誌『TRANSIT』がある。

「毎号4人のチームでつくっていますが、僕はすべてのページに目を通しています」

壁面には、全ページのサムネイル(レイアウトの縮小版)が。

「この雑誌は細かいスパンでページが展開していくので、こうして全体の流れやバランスをチェックします」

デザイナーの視点とは、時にほんのわずかな余白にこだわり、時に何百ページにわたる雑誌全体を俯瞰する。焦点距離を自在に変化させながら、1冊を仕上げていくのだ。

ひとつの雑誌に長く携わりながらも、渡辺さん自身は変化している。

「以前は、デコラティブな傾向にありました。装飾的な要素をちくちくとつくり込む作業は、今でも好きですし(笑)。でも、最近は、必要なものと必要じゃないものを見極め、“必要なものだけでどう構成するか”を考えるようになりました」

そう話しながら見せてくれた『TRANSIT』最新号のページには、読む者の視線を前置きなしにすっと引き込む潔さがある。

一方、児島さんがこの仕事をするようになった経緯は、ちょっと独特だ。

「私も、渡辺さんと同じ学校の出身です。とはいえ、インテリアデザイン専攻でした」

ところが、在学中にグラフィックデザインの楽しさに開眼したそう。

「もともと写真が好きだったのですが、写真集やアートブックを見るうちに、自分の手の中に収まる世界を表現したいと思うようになって。卒業後、SOUP DESIGNに入って本格的にグラフィックデザインに携わるようになり、がむしゃらにやっているうちに3年半が経ちました」

児島さんが担当するのは、専門誌『商店建築』やエッセイなどの書籍だ。

「『商店建築』では、写真の見せ方を大事にしています。書籍のほうは1冊ごとに伝えたいことが違いますから、どうしたらそれをデザインに落とし込めるかと考えます」

先輩である渡辺さんが助言することも。

「渡辺はとてもストイックなデザイナーだと思います。それだけに、ぽつりといわれたアドバイスがぐさりと響きます(笑)」

アイデアを「抽出」するためのノート

そんな渡辺さんと児島さん、2人のアイデア用ノートを見せてもらうと……。どちらもデザインワークのためのツールでありながら、まったく異なる使い方をしているのに驚く。それは、それぞれの思考プロセスの違いにほかならない。

まずは渡辺さんのアイデア用ノート。タイトル欄に「表紙」「総扉」などとあり、デザインプランが絵と文字で整然と描かれている。ひとつの内容は1ページで完結し、描き直しなどの試行錯誤の形跡がない。

「実は、これを描く前にかなり頭の中で揉んでいます。僕の場合、打ち合わせなどで話しているときに『ぽっ』と頭に浮かぶものがあるのです。それはまだカタチになっていない、漠然としたイメージです。この時点で絵にしてしまうと、あれ、こんなだったっけ……となってしまうので、まだ描きません」

渡辺さんの場合、アイデア用ノートの出番はもう少しあとなのだ。

「しばらく考えをめぐらせていると、やがてイメージが具体的になってきます。それをメモ用紙やコピー用紙などの手近な紙に落書きします。僕にとって、アイデア用ノートは、まだ散漫なガサガサとした状態のものを描く場所ではないんです。いくつかの落書きを経て、『これだな』というものが見えた段階で、はじめてここに描きます。描くことで整理され、必要なものが抽出されます」

渡辺さんがアイデア用ノートについて語るときによく使っていたのが、「整理」と「抽出」の2ワード。紙に描くことで、余分なものを削ぎ落とす作業をしているのがうかがえる。こうして描かれたものの一部分をスキャンして編集者と共有し、デザインとして具現化していくという。

「以前は、一般的な縦型のノートやコピー用紙を使っていました。アイデア用ノートを使いはじめて、罫線ではなくドットなのがいいなと思いました。線が引きやすく、かつ絵の邪魔にならない。横型なところも気に入っています。縦型だと、ひとつのこととして捉えたい内容も、途中で段を変えなくちゃならないときがあって」。

アイデアを「増幅」させるためのノート

さて、児島さんのアイデア用ノートは?

「基本的には打ち合わせのメモとして使っています。事務所でも、外出先でも、必ず持っていきます」

ここ最近見出した、アイデア用ノートならではのメモ術があるとか。

「打ち合わせって、概要を確認し、途中で細かな要素の話になり、スケジュールのことにふれ、かと思えばまた概要の話に戻り……。実際にはさまざまなトピックスが入り乱れますよね。それを、複数枚の付箋にトピックス別に書くんです。概要を書く付箋、キーワードを書く付箋、スケジュールを書く付箋、というふうに。こうすると、情報がきちんと把握でき、見返したときにもわかりやすいんです」

実用的な、ぜひ真似したい使い方だ。

「表紙がしっかりした素材なのも助かっています。打ち合わせによっては、膝の上でメモしたり、立ったまま書いたりしますから」

もうページの半分以上を使用済みのノートは、「結構ガシガシと使っています」というわりに、まだまだきれいな状態を保っている。

ページには、何やら数学的な図形も見られる。

「メモのほか、アイデアのスケッチにも使っています。これは、『観察する』がキーワードの書籍を手がけるにあたり、観察するとはどういう行為だろうかというのを図形化してみたものです。私は手を動かしながら考えるタイプなので、まだイメージがおぼろげな段階でもう描きはじめます。描いてみて『あれ?』となり、また描いて『もうちょっと……』となり。『うーん、違う!』となると新しいページに移って仕切り直し(笑)。紙の上でアイデアを増幅させていき、コンピューターで仕上げていく、という感じです」

ノートが介在することで顕在化した、
アイデアの醸成プロセスの多様性

頭の中で練り上げたイメージから、必要なものだけを抽出するためにアイデア用ノートを使う渡辺さん。他方、思いつくままペンを走らせ、イメージを膨らませるために描く児島さん。グラフィックデザインというアウトプットは同じでも、2人のアイデア用ノートの活用法は好対照をなしていた。デザインの世界は、アウトプットだけで評価される厳しいもの。それだけに、アイデアを醸成するプロセスに個々の特性が反映され、その人にしかつくれないデザインが生まれるのかもしれない。

とはいえ、2人が口をそろえたフレーズがある。「ノートを人に見せるのは、ものすごく恥ずかしい」。どちらも、人に見せるためではなく、自分の内からアイデアを引き出すために使っているためだ。実は、SOUP DESIGNは、アイデアノートのパッケージやプロモーションツールのデザインにも深く関わっている。仲間が携わったノートのよさを知ってほしいからと、普段は他者の目にふれることのないページを開いてくれたのだ。期せずして対照的だった2冊は、アイデア用ノートの懐の深さを伝えることになった。

Profile

渡辺和音 Kazune Watanabe(左) 児島彩 Sayaka Kojima(右)
株式会社スープ・デザイン  グラフィックデザイナー

渡辺和音:桑沢デザイン研究所卒業。2011年より株式会社スープ・デザイン所属。雑誌『TRANSIT』のアートディレクターを務める。書籍や冊子などの紙媒体を幅広く手がけながら、企画展『SHOW CASE』では、作品集のデザイン、展示にも参加。

児島彩:桑沢デザイン研究所卒業。2012年より株式会社スープ・デザイン所属。雑誌、書籍、手帳など、多ジャンルを手がける。

<株式会社スープ・デザイン> http://www.soupdesign.co.jp