大自然の暮らしと、ノートがいざなった挙式のカタチ

山川咲さんは東京の両国で、すっかり成熟し、立錐の余地もないと思われたウェディング業界に挑み、するりと入り込んで砂かぶりの席を確保した。しかも、従来不可能とされていた、オーダーメイドというスタイルで。勝因を読み解くときに存外軽んじることのできないツールが、ノートだった。そんな彼女の成功の軌跡と無数のノートとの出会いを通してたどり着いたEDiTのアイデア用ノートについて――。

PHOTO:井関信雄 TEXT:竹川圭

こころから、笑い、泣く

話しているうちに表面張力の限界を超えて涙があふれ出した。

「先日、友人の結婚式をプロデュースしました。新郎は刺激を求めて外へ外へと出て行き、ファッションの道へ進み、ロンドン、パリへ。新婦も似た境遇に育ちましたが、父の死をきっかけに家族がかけがえのない存在であることを知る。それから家族との距離がぐっと縮まった。そんな新婦とお付き合いするようになって新郎の心も溶けていきます。華やかな世界に飛び込んだ新郎でしたが、じつは気にかけていなかった家にこそ幸せはあった。式のコンセプトは“福ハ内”に決まりました」

「2人は宮司のまえで誓いの言葉を交わします。家族の大切さに気づく顛末を新郎が語り出すと、もう新婦は泣いて。一段落すると和楽器の演奏をバックにパーティーがスタート。新郎は日本文化の継承をミッションにしているんです。“日本昔ばなし”風の振り返りムービーの上映、続く阿波踊りで場内は最高潮に達します。フィナーレの曲はハナレグミの『家族の風景』。家族も仲間も舞台の上にあがって、新郎は見守られながら歌いました。涙が止まらない新郎にお父さんが大丈夫だよと寄り添っていた。みんなが家族になれた結婚式でした」

美術館、学校、キャンプ場、牧場……これまで式に選んだ場所ひとつとっても明らかだが、パッケージ型のウェディングへの疑問から始まったCRAZY WEDDINGは、文字通りすべてを1からつくり上げる。徹底したヒアリングのもと、最高のブレーンを揃えて、新郎新婦の物語を一生に一度の晴れ舞台に落とし込んでいく。

1年足らずでオファーが引きも切らない企業になった。隅田川のほとりにある事務所には5年目を迎えた今、70人のスタッフがいる。平均年齢は30歳を切る。

「業界に一石を投じることができました。やり切った感があります。けれど、私の人生はまだ終わりません。ver.2.0の私になるためにも、次のフェーズを目指します」

山川さんはこの友人の結婚式を最後に、ウェディングのプロデュースを卒業する。

まわりを巻き込む、瑞々しい生命力

ラスト・プロデュースの冒頭のナレーションを、はじめて父の健夫さんに頼んだ。健夫さんはフジテレビのアナウンサーだった。その日の夜、電話がかかってきた。

式を見て泣いたという。しかしそれは式の先に、娘の成長を見たからだった。お父さんはこう言って、愛娘をねぎらった――「咲じゃなかったら、できなかったね」。

山川さんは本当に感受性が豊かだ。
スタッフにもすっかり伝染していて、みんなが笑顔で、すれ違うたび、心の真ん中から挨拶を投げかけてくれる。そういう山川さんをつくったのは間違いなく健夫さんだ。

健夫さんは性に合わなかったサラリーマン人生に見切りをつけると、3歳の山川さんを連れて日本一周ワゴンカーの旅に発ち、千葉の農地付きの借家に居を定めた。健夫さんのツィッターの紹介文には「人間は、自然の摂理に則って慎ましく生きていければ、心穏やかに暮らせる」とある。

田畑を耕す生活では子どもも貴重な戦力だ。中学時代の山川さんは毎日2時間かけて、薪をくべて風呂を沸かしたという。級友との違いに悩む日々だったが、いつしか理解者が増えていき、歩んできた人生に自信がもてるようになった。

山川さんは自身の挙式を通して業界の閉鎖性を知り、「オーダーメイド」という切り口にビジネス・チャンスを見出す。世間が認める存在になれたのは目のつけどころがよかっただけではない。大自然がはぐくんだ、まっすぐで力強い心根があったればこそだ。社名に冠したCRAZYには“夢中になる”の意があって、中途半端なことならしない、という決意が込められている。

そうして台風の目のようにまわりの人々を巻き込んだ。外部のブレーンには、一線のクリエイターがずらりと揃う。
聞いて驚いたが、スタッフの2割はCRAZY WEDDINGの顧客だった。大阪サロンを取り仕切る岡本佳子さんにいたっては競合相手だった。敵情視察に訪れた山川さんの講演で搦めとられたという。

「ウェディング事業は私という人間のシンボルだった。はたして離れてしまっていいのか。揺れ動く気持ちもありました」

相談を受けたビジネス・パートナーであり、人生のパートナーでもある森山和彦さんははじめのうち、心配そうにしていたが、山川さんの本心がどこにあるかを探り当てると、そっと背中を押してくれた。

「“咲ちゃんが幸せなら、幸せ”っていう人だから」

うらやましいほど、かっこういい男たちに山川さんは囲まれている。

ノートが私を認めてくれた

山川さんはすっかりつかい込んで、いい具合に破れた何冊ものノートをテーブルに広げて話しはじめた。

「子供のころから書くことが好きでした。読書感想文は得意中の得意。意外なところでは俳句も(笑)。書きつけると、するりと抜け落ちてしまうものが残って未来につながるんです。ノートと出会って自分と仲良くなれた気がします。旅でバッグを盗まれたときは『ノートだけは返して』って心から思いましたもん」

「風呂釜のまえにしゃがんでいろんなことを考えました。いじめにもあったから、人生にとても深く向き合った。向き合ってはじめてモヤモヤが消化できる。ノートにつけるようになったのは大学に入った頃からでいっそう、思考がクリアになりました。ウェブで発信する内容にしてもまずはノートを開いて頭の中身を整理します」

本棚一段を占拠するほどノートを消費してきた山川さんが新たに選んだ相棒が、EDITのアイデア用ノート。

「スケッチブック然とした体裁はクリエイティブな気分が満たされる(笑)。でも、本物のスケッチブックのように紙が厚くないから、軽いのに一冊としての容量はたっぷりあって気負わずにすむ。付箋はあまり使ったことがなかったけれど、TO DOを記すのにいいと気づきました。思ったこと、感じたことを書いたノートはずっと残したいもの。付箋は終わったら捨てられるのがいいですね」

山川さんにとってノートは気取りのない、自分史のようなもの。アイデア用ノートにこれからどんな物語が紡がれるのか楽しみだ。

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山川 咲  Saki Yamakawa
株式会社CRAZY / CRAZY WEDDING 創設者

2006年、神田外語大学を卒業後、人材教育系のコンサルティング会社へ入社。人事新卒採用責任者として数々のプロジェクトやイベントを立ち上げ、メディアの注目を浴びる。11年、同社を退職。オーストラリアでの2カ月間の旅を経て、完全オーダーメイドのオリジナルウエディングで業界に革新をもたらし、話題の存在に。16年5月に毎日放送「情熱大陸」に出演。現在は、起業家として、新たな世界に挑んでいる。著書に『幸せをつくる仕事』(講談社)がある。

<CRAZY WEDDING> https://www.crazywedding.jp/