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インタビュー

手を動かすことで、心の奥底にある何かが可視化される

EDiT手帳 2017のメインビジュアルのイラストを担当していただいた長場雄さん。雑誌『ポパイ』の表紙を飾り、一躍表舞台に躍り出た長場さんの仕事場は世田谷の街並みが一望できるマンションにありました。玄関には真っ黒な靴ばかり、7〜8足。出迎えてくれた出で立ちはネイビーのカットソーにブラックのパンツ。「コーディネイトを考えなくてすむから」とはにかみましたが、それはミニマルな中にぬくもりを感じさせる作風に通じるものでした。太陽が降り注ぐ、白を基調とした部屋で長場さんは手を真っ黒にして、作品を生み出し続けています。
PHOTO:井関信雄

描きたいものがわからなかった時代

小学校の4年から6年まで親の仕事の関係でイスタンブールに住んでいました。そこで念願かなってイペキさんという女性画家に習うことになりました。

イペキさんは父の友人に紹介してもらった方です。僕は幼い頃から絵が得意で賞もたくさん穫っていました。大人も喜んでくれるし、だんだんとその気になっていって、プロに学びたいってねだっていたんです。

眼下にボラポラス海峡が広がる、三階建ての家。2階の北向きにあるひんやりとしたアトリエにはおそろしく大きな絵が飾られていました。顔にぐぐっと寄った、薄暗いトーン。僕は生まれてはじめての画家の世界に圧倒されました。

楽しかったのははじめのうちだけでした。「描きたいものを描いてごらん」といわれて、はたと困るんです。これまでは与えられたものだけを描いてきた。当時の僕には題材をみずから探すという発想がなかった。そのうちサボるようになってしまいました。

今考えれば対等に付き合ってくれた最初の大人でした。それにとてもかわいがってくれていたんです。驚いたことに、帰国が決まって行われた食事会で、彼女は僕を養子にしたいとおっしゃった。うちの親もまんざらじゃない顔をするので困ったものでした。

描きたいものがわからない、というはじめての挫折を味わった僕は、絵から遠ざかりました。部活に明け暮れていた学生時代でしたが、進路として選んだのは美大でした。

予備校へ通うようになると、上手いヤツはいくらでもいると知って劣等感に苛まれ、なんとか受かった大学も無為に過ごしてしまいました。いよいよ卒業する段になって尻に火がつくも、まさか無職というわけにもいかないし……という気持ちでした。拾ってくれたのはTシャツの会社でした。

小さな会社だから、直談判したらすぐにデザインの仕事をさせてくれました。しかし、ここでも何を描いたらいいのかわからない。社長から「売れるものをつくれ」とお題を出されて、ようやく視界がクリアになりました。そして実際に売れると、しみじみ幸せで。社会に受け入れられた喜びがありました。

そんな生活も5年もつづくと行き詰まります。本当にやりたいものはなんだろうって悶々としました。そんな中で自分の創作活動を始めて生まれたキャラクターが「かえる先生」です。これがそれなりに支持されて、Tシャツの仕事と二足の草鞋でフリーランスになることに。ところが30も半ばを超えると、やっていけなくはないけれど、果たしてこれでいいんだろうかと再び不安が頭をもたげました。

ミニマルで、想像力をかき立てるものを

自分なりのスタイルをつくろうと2年近く試行錯誤しました。まずは自分と向き合い、心から好きものを探したんです。絵はもちろん、服や食べるものも。

僕はシンプルなものに惹かれるんだと気づきました。

学生時代に惹かれたアートも60年代。現代アートが花開いた時代です。頭の片隅にずっとあったのはドナルド・ジャッド。ミニマル・ムーブメントを代表するアメリカの美術家です。ただの四角い箱を並べただけの作品ですが、無性に想像力をかき立てられました。

目指すべき方向がクリアになってからがまた、大変でした。なんでもそうでしょうが、削ぎ落とすことほど難しいことはない。なるたけ線を入れないシンプルなタッチで、「いかに人に想像させることができるか」を考えました。

ボツの山からみつけた正解

眉と鼻をTの字で表現したこのイラスト、実はボツにしたひとつでした。個展の予定が迫って、あせってボツの山をひっくり返して、いいかもって思ったんです。「かえる先生」や昔の作品といっしょに並べたんですが、搬入して飾りつけた作品をしげしげ見ると、確かにいい。来場者にも好評で、これはいけるかもと自信を深めた矢先に雑誌の『ポパイ』から連絡をもらって、表紙になった。憧れの雑誌だったから、本当、うれしかったです。

今にたどり着けたのは、ひたすら紙と鉛筆を消費したからだと思います。そうすることで、頭の中にある何かが形になっていくんです。

仕事道具は三菱鉛筆の「ハイユニ」の3Bと呉竹の「筆ごこち」。これに最近、ペンケースが加わりました。昔ながらの芯材が入った、いわゆる筆箱です。

最近は打ち合わせの合間の喫茶店でラフを描くこともあります。くたくたのペンケースじゃ持ち運ぶ時に鉛筆の芯が折れちゃいますから。小学生みたいと言われるのがちょっと恥ずかしいんですけれどね(笑)。

数年前から、一日一イラストを描くことを自分に課しています(日々イラストをアップしている長場さんのインスタグラム)。
いろいろな方と作品をつくり上げていく作業とはまた違って、自分の描きたい絵を描く時間を大切にしています。

2016年はロンドン、ニューヨークと立てつづけに海外で個展を開きました。まずまずの手応えがあったけれど、いかんせん、言葉の壁を感じました。子どもの頃は話せたんですけどね。やっぱり養子になっておけばよかったって、少し思いました(笑)。

長場さんが全編にわたりイラストを手がけた書籍『みんなの映画100選』(オークラ出版)

「かくも楽しい、手帳の世界」をテーマにしたEDiT手帳 2017メインビジュアルのイラスト

Profile

長場雄 Yu Nagaba
イラストレーター

1976年東京生まれ。東京造形大学卒業。広告、書籍、アパレルなど幅広く活動中。主な仕事に、雑誌『POPEYE』表紙イラスト、TOYOTA LINEスタンプ、東京メトロ マナー広告ポスター、BeamsT×GhostbustersコラボTシャツなどがある。

http://www.nagaba.com/